市場での流通量が少ないと、物の価値は高まる

トヨタ自動車の営業利益が今3月期、連結ベースで5年振りに1兆円を超える模様(1兆8000億円とも)。特に寄与したのは円安でしょう。黒田日銀総裁発言から急激に円安に振れ、もはや1ドル100円を突破しています。小職が行う経済セミナーで、為替動向については必ず出る質問のうちの1つですが、個人的な見解として次の事を必ずお伝えしています。「円の流通量が少なくTPPで安い外来品がわんさと国内に流入してくるとなると、円が安くなる要因はない」と。
ところが黒田日銀総裁が、この「円の流通量を増やす」と確約したのです。金融政策変更で円の市場流通量が増えれば話は別。ましてや、先日行われた日米会談でもTPPに関しては本音を強く主張しない、何やら様子見の状態です。為替関係者では知らない人はいないヘッジファンドの雄ジョージソロスのソロスチャートが日銀総裁人事前に少々話題になりましたが、これは彼が独自に考えた理論で通貨供給量とその国の通貨の強さには相関があるというもの。円に関して言えば、流通量が少ないと円が高くなる、流通量が多くなれば円の安売りとなる、ということです。(チャートを見る限りは相関がはっきり認められます。)

大勢が決める為替の方向性

為替市場の1日の取引高は約400兆円と莫大な規模を持ちます。因みに現在の日本株市場は活況になったとはいえ、たかだか70兆円。その規模は比較になりません。規模が意味するのは、「市場動向が大勢の思惑で決まってしまう」というところです。そもそも相場とはそうしたものではありますが規模が大きければ大きいほど、理論的に説明のつかない動きをしてきます。つまり為替市場参加者で右を向く人が多ければ相場は右に流れるという事です。セミナーでご質問いただく今後のドル円動向についても、煎じ詰めて考えますと「ドルと円、あなたならどちらを買いますか?もしくは売りますか?」という問いに対する回答こそが今後のトレンド(方向性)を示しているという事なのかもしれません。

溢れかえる円が米国債に向かう?

さて、では先の為替市場参加者の大勢はというと、今のところは「日銀の量的緩和」が話題の中心であるため円安が進んでいます。また、前回レポートに書いたように、イタリア国債利回りが5%を切って(価格が)急騰したり、高金利な国債(価格が安い国債)を求めて投資妙味のある地域に向かう動きも見逃せません。ところが安全性の面(格付け)から考えれば、米国債に勝るものはありません。しかもこの日米金利差は欧州債ほどではないにしても、特に保守的な投資家(高いリスクをあまり取れない保険会社などの機関投資家)にとっては、日本の国債を買うより遙かに投資妙味があり、彼らが米国債への投資に向かうことは想像に難くありません。先日、黒田日銀総裁が「円の流通量を増やす」と確約した直後に、米国運用業界で債券王と呼ばれるビル・グロース氏(PIMCO社の最高投資責任者)が運用ポートフォリオの米国債投資比率を上げた事も頷けますね。

一方米国では、FRBの議事録が公開された際に、量的緩和策に対する経済効果に疑問の声があがっていた事が判明し話題となっています。そろそろドルを刷る政策(米国債をFRBが買いあげる政策)が縮小するのでは?と市場が考え始めるきっかけになるからです。もし、米国の量的緩和策が縮小するようなことにでもなれば、これはこれで大騒ぎ。なぜなら、米国債保有者からすれば、FRBが国債を買わないという事は、つまり債券価格の下落(米国債保有者は大損)を意味するからです。 米国債と言えば、世界で最も発行されている債券(米国は継続的に莫大な財政赤字を抱えています)で、しかもその大量保有者は当の米国を除くと、中国、日本、ドイツと先進国が上位を占め、更に世界中に保有されている債券です。

日銀金融緩和が米国を救う?

今はまだ、為替市場参加者の大勢は「大量に刷られる“円”」に注目が集まっていますが、一旦このFRBの金融緩和スタンスが変更されるような話題(出口戦略)に注目が集まると、これは台風の目になりかねません。米国債保有者が大損することは自国の経済鈍化のみならず世界経済に影響を及ぼします。従ってFRBにとって出口戦略を真剣に模索する時期には、必然的に金利上昇(価格下落)を避ける政策もとらなければならないということになります。然しながら、金利を抑える為には債券価格を維持(FRBが買わないなら、誰かが買わなければならない)しなければならず、難しい舵取りが要求されることになるのは必然です。折しもそこに登場したのがアベノミクスの先方である黒田日銀による量的緩和策。市場でジャブジャブになった円がおいしい日米金利差を狙って米国債に向かってくる、と予測している人はビル・グロース氏だけではないでしょう。

出口戦略で起きるドル高は円を牽引するか・・・

本来ドルに対する円安は米国輸出産業の収益を圧迫しますので、急激な円安に米国が黙っているわけがないのですが(今迄もことあるごとに円安時には政治的圧力をかけてきました)、今回、トヨタ自動車が円安でこれだけ儲かっても、「何も言ってこない、まして先日行われた安倍・オバマ会談の際、オバマ大統領が自動車税撤廃を強く要求してこない」理由はこのあたりにあるのではないでしょうか。しかし実際問題、FRBの出口戦略にあたり溢れた円だけで米国金利上昇を抑えるには市場規模が大きすぎる事は明白です。為替市場参加者の大勢が「黒田日銀の量的緩和策」から、「米国の金融政策」(出口戦略)にシフトし始めたら、米金利上昇によるドル高シナリオが大勢を占め、結果的に更なる円安(ドル高)が進むかもしれないと考える今日この頃です。

Kaneco Consulting Firm
代表: 金子丈次郎
国内外金融機関で営業管理職を歴任し、米国ヘッジファンド会社勤務を経てリーマンショック後の2009年にコンサルタントとして独立。
現在は、現場に密着した営業コンサルタントを中心に活動を行い、また、経済セミナーや経営セミナー講師として各地に赴いている。