選挙予測を外した原因

 多くの下馬評を覆して第45代米大統領にドナルド・トランプが就任した。セクハラや暴言の数々が明るみに出たこともあり、米国の大半の報道機関はトランプに批判的だった。しかし、それでもトランプが当選した。米国の報道機関には困惑が広がり、困惑は日本の報道機関にも感染した。その証拠に、トランプ大統領誕生後に世の中がどう変わっていくかというテーマで学者が論じる記事が増えた。

 米国の報道機関が選挙予測を外したのはなぜか。共和制ローマ末期の終身独裁官ユリウス・カエサルの言葉がこの謎を解く鍵になる。すなわちカエサルは「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」と語った。自分が見たくないものは見えない。人間の“目”は感情で曇るのである。報道機関はトランプの女性蔑視発言や虚言に辟易し、こんな人物が当選するわけがない、当選してはいけないと決めつけ、一方でヒラリーの当選を見たいと欲したのだろう。見たいと欲する現実(ヒラリー大統領の誕生)しか見えていなかったから、予想を外してしまったわけである。

 カエサルのこの言葉と視点は、何かを考える時に極めて有益である。私たちがトランプ大統領の思考を読む際も世の中の出来事や自社の今後を考える際も、感情に左右されて目を曇らせる事態を避けることができる。

★米国の民主主義は健在

 トランプ当選に話を戻す。端的に言うと、多くの報道機関に嫌悪されたにもかかわらずトランプが当選したということは、米国の民主主義がしっかり働いたということだ。確かに大統領選の一般投票ではヒラリーがトランプを200万票上回った。しかし、米大統領選には独自のルールと計算がある。これを踏まえた戦略をトランプ陣営は取ったに違いない。事実、ペンシルバニア州やオハイオ州など、選挙人が多くて接戦の州でトランプは勝利を重ねた。米国の報道機関がどれほどトランプを嫌悪しても、一般投票でヒラリーがトランプを上回っても、米大統領選のルールと計算が厳格に適用され、民主主義が機能したということだ。

 にもかかわらず、日本の新聞の中にも「民主主義の危機」などと大げさで偏見に満ちた見出しを掲げたりしている。「危機は偏見にあふれるキミの頭だ!」とツッコミを入れたくなるのは私だけではないだろう。

 トランプ大統領の誕生後、米国内では齟齬が続いている。イスラム圏7カ国からの入国を一時禁止するなどした大統領令に対して、米司法省トップが反対を表明したほか、フォード社やゴールドマン・サックスCEOなどが相次いで不支持を表明、国務省の職員数百人が反対の意見書を提出、主要都市では抗議のデモが起きた。ワシントン州の司法長官が大統領令は違憲であるとして連邦地方裁判所に差し止めを求めて提訴、同地裁も連邦控訴裁判所(日本の高等裁判所に相当する)も大統領令に相次いで待ったをかけた。

 これらの動きを騒動と見るか米国は民主主義が機能していると見るか。私は後者である。三権分立が明確に確立しており、大統領令であっても法の下に平等に裁かれる法治国家であることを証明した。

 翻って日本はどうだろう。日本と米国では政治や社会の仕組みがずいぶん異なるけれど、時の最高権力に盾突く企業がどれほどあるだろうか。日本で大企業やそのトップが政権に反旗を翻す見解を表明するだろうか。省庁の職員が反対を表明するだろうか。抗議デモが各地で起きるだろうか。長いものには巻かれろという日本人の体質がある限り日本に民主主義は根づかないのではないか。私は米国が羨ましい。

★自国ファーストは当たり前

 ところで、「アメリカ・ファースト」(米国第一主義)は何も目新しい話ではない。米国の最近の状況を見ればトランプ大統領の主張は妥当だ。例えば、2001年のテロ以降米国はテロとの戦いを繰り広げ、最大で20万人を派兵して7000人近い戦死者を出した。戦費は177兆円にのぼる。世界の警察官の役割は楽ではない。米国は相当疲弊しているのである。だからこそ米国を第一に考える、米国を最も大事にする、という考え方は統治者としては当たり前だ。

 そもそも政治家でも国民でも自国の利益を後回しにする人が一体どれくらいいるだろうか。英国が欧州連合(EU)を離脱したのは「英国ファースト」の表れだし、中華思想ははるかに歴史が古い。ロシアのプーチン大統領は表だっては言わないけれど事実上「ロシア・ファースト」で行動している。トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」を批判する人は英国や中華思想、ロシアも批判しなければつじつまが合わない。

「米国製を買え」や「米国人を雇え」というトランプ大統領の言葉に私は説得力を感じる。日本では保守系の政治家でさえ「日本で製造しろ」や「日本製を買え」、「日本人を雇え」などと言っていない。日本で製造すれば日本人の雇用が増える。日本人は日本製に誇りと信頼を抱いているから、「買え」と求められれば喜んで買うだろう。日本の政治家はなぜ「日本ファースト」を唱えないのだろうか。

★トランプ大統領はビジネスマン

 こうして見るとトランプ大統領が従来の政治家と異質であることが分かる。なぜ異質なのか。それはトランプ大統領がビジネスマンだからだ。

従来の政治家は「政治」を仕事にしてきた。政治にはイデオロギーが絡む。だから米国は国家体制の異なるロシアなどを従来敵視してきた。しかしトランプ大統領はビジネスマンである。ビジネスにイデオロギーは関係ない。こちらに利益をもたらす相手と組むのがビジネスの基本だ。イデオロギーと無縁のトランプ大統領は、イデオロギーの色眼鏡をかけていないぶん外交でこれまでにない成果を挙げる可能性がある。

 ところで、ビジネスとひとくちに言っても、いろいろな業種がある。1回の取引で数十や数百億円単位のお金が動く業種もあれば、数十円や数百円という小さな利益を積み上げていく業種もある。トランプ大統領が携わってきた不動産業は一発当てれば大きな利益が転がり込む。そのぶんリスクは大きい。こつこつと売上を積み上げていく薄利多売の業種と本質的に異なる。

どの業種に就くか。どんな職業を自分の仕事にするか。この選択の背景にはその人その人の生き方や考え方、性格、お金に対する姿勢などが反映される。例えば安定を好む傾向の高い人が公務員という仕事を選ぶように、業種や職業を見ればその人のことがある程度見える。

トランプ大統領は大きなお金が動く不動産業を選んだ。2代目ではあるけれど、ハイリターン(ハイリスク)の仕事を選んだのである。不動産業は度胸の良さが求められる仕事と言っていいだろう。そういう人が大統領になったのである。

ビジネスに交渉はつきものだ。大阪の商売人を想像してほしい。メガバンクで関東の企業を担当していた銀行員が大阪に転勤になって、大阪の経営者の押しの強さに辟易したという実話がある。さすが商都大阪である。大阪で押しが強いのは経営者だけではない。一般の買い物客も値札を見て「これなんぼになるん?」と値切る。

私は中学1~2年のころ大阪に住んでいた。そんなガキが電気屋街の日本橋で「これなんぼになるん?」と値切っていた記憶がある。聞くのはタダ、少しでも安くなれば儲けもの、というわけだ。一般市民でさえ自分に有利になるよう交渉するのだ。米国を率いるトランプ大統領が自国の利益を念頭に置いて交渉したりごり押ししたりするのは当然ではないか。

 報道機関や学者がトランプ大統領の政策や言動を「予測困難」と言っているけれど、そもそも「予測」しなくていいではないか。お行儀の良くない横紙破りを好む大統領を品行方正な記者や学者が予測するから外れるのである。

 それでもトランプ大統領について予測したり詳しく知りたかったりするなら『トランプ自伝』(ちくま文庫)を読むのが近道だ。いくつか引用する。

<勝ち目のありそうなほうにつくのがいいに決まっている>

<強硬な態度をとるとそれなりの効果があるものだ>

<私はだれかが自分に反対したことをいつまでも根に持ったりはしない。どんな時でも有能な人材を確保したいと思っている>

 この大胆さと柔軟さがトランプ大統領の身上なのである。トランプ大統領に関する分析に関しては本書を読むのが一番良い。

経営者時代に3回か4回ほど破産寸前まで落ちたトランプ大統領は地獄を見ている。そんな人物の自伝が面白くないわけがない。経営者としての思考や行動を学ぶこともできる。経営者なら一読の価値がある。

                           (文責:ジャーナリスト 西野浩史)

 

《写真の解説》

季節感を表すものを探しましたが、敢えて一時でも寒さを忘れることができるようハワイ島の写真を持ち出してきました。抜けるような空の青さとアカウミガメが安心して産卵に訪れる海をもう一度見たいです。

抜けるような空と大きく鮮やかな花は正に常夏の島を表しています。このプルメリアは10m近くもある巨木です。

ホテルのプライベートビーチからマウナケア山を望みます。

アオウミガメが1時間以上も休息しています。きちんと保護されており、カメが休む地域一帯は立ち入り禁止です。もう少しアップで撮りたかったのですが300mmでもやっとこの大きさです。

5m近くある巨木に無数の花をつけている風景は、日本では見られません。

雲が厚く、オレンジ色の部分が少ないのが残念です。夕陽を見ながらグラスを傾けるひと時を送りたいです。