スイスは金融国として特殊な位置付けにあります。信用力と安全性を背景として世界の富裕層の資金の預け先としてスイスの銀行として機能してきました。スイス銀行という銀行は存在せず、長く「スイス3大銀行」と呼ばれてきました。「スイス3大銀行」とは、クレディ・スイス、UBS、SBCの3行を指します。
SBC(Swiss Bank Corporation)はバーゼルにて6つのプライベートバンクが集まり、1872年結成され、銀行を吸収し続けてスイス第3位まで上り詰めました。1970年にスイスの銀行として最初に東京支店を開設しました。1995年SGウォーバーグを1997年にディロン・リードをも吸収して投資銀行部門を強化していきました。1998年に当時スイス第2位のUBSとの合併により142年の歴史に幕を閉じました。合併に際してUnion Bank of SwissからUnited Bank of Swissと商号を変更しています。
クレディ・スイスはチューリッヒにて鉄道システムの開発資金の調達目的で1856年に設立されました。1988年にファースト・ボストンの経営権を取得し投資銀行部門の中心として位置づけました。1993年にスイス・フォルクスバンク(SVB)を、2007年にバンク・ロイを吸収合併しました。2007年から2010年の世界金融危機の際に、最も影響を受けなかった銀行の一つでした。しかし2020年以降“”投資ファンドの相次ぐ破綻による損失計上”、“経営トップの全英テニス観戦によるコロナ感染”、“顧客データの大量流出”と相次ぐ不祥事に対して、サウジアラビア国立銀行やカタール投資庁等の大株主による増資引き受け拒否に繋がり、株価が大幅に下落しました。スイス国立銀行がクレディ・スイスの資金支援を表明したものの事態は沈静化せず、2023年3月政府はUBSによる救済合併を指示しました。スイスの金融監督機関である連邦金融市場監督機構は、クレディ・スイスの普通株式をUBS株に22.48:1で交換する一方、AT1債170億ドル(約2兆30百億円)相当を無価値化する決定を下し、世界的な物議と混乱をもたらしたことは記憶に新しいです。
UBSは1862年ヴィンタートゥールに設立され地域産業やスイス国鉄の拡大に重要な役割を果たしました。1945年チューリッヒへ本店を移転し、1972年に東京支店を開設しました。前述の通り、1998年SBCとの合併により当時は東京三菱銀行(現在三菱UFj銀行)に次いで資産規模で世界第二の金融機関となりました。1999年にバンク・オブ・アメリカの欧州とアジアのプライベートバンキング事業を買収し、2000年に米国ペインウェーバーを買収し、米国の禁輸機関としてプライベートバンキングサービスを提供できるようになりました。現在日本における拠点は、UBS銀行東京支店、UBS証券株式会社、UBSアセット・マネジメント株式会社で、個人顧客も対象となっています。
≪知覧武家屋敷庭園≫
薩摩藩は領地を外城と呼ばれる102の地区に分け、地頭や領主の屋敷を中心に麓と呼ばれる武家集落を作り、分散して統治をしました。折れ曲がった本馬場通りに沿って連なる石垣と生垣からなる景観として国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。